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CT検査

2010年12月24日

街はクリスマス色ですが,今日は1年目検診のCT検査で病院に向かいました。

1年前のクリスマスに人間ドッグで,しこりが見つかり,
「乳腺専門の外科を受診してください。」と言われてから,もう1年です。
去年のクリスマスは,本当に『開けたくないプレゼント』をもらってしまったと重い気分でした。

あのまま開けなければ・・・
ストップボタンの故障した細胞は,確実に・・・2倍,4倍,8倍,16倍,32倍・・・と
私の体内で分裂をし続けていたはずですから,命を救ってくれたプレゼントなのかもしれません。


CT検査の待合で座って本を読んでいると,60歳位の女性の方から声をかけられました。
最近,いろいろな所で,初対面の人からよく声をかけられます。
何だか不思議なのですが・・・私のバリアが薄くなっているのかも知れないと思います。

7年前に子宮癌の手術をした方で,私の『ウイッグ』に気づいて声をかけてくださったのでした。
その方も,抗癌剤治療で髪の毛が全部抜けてしまったそうです。
生えてきた時は前とは変わり,ずいぶん髪質が軟らかくなり,パーマをかけたようになったと・・・
ショートで自然なウエーブがかかって素敵な髪型です。
私の髪は,まだ2センチ位で,何だかめちゃくちゃ白い毛が多くなっているので心配なのですが,
前よりよくなる場合もあるのですね。

手術して7年も立っているのに・・・
治ったと思っていても,まだ検査が続いているのですね。
私は,まだまだ初心者マークです。

帰りに,そごうで開催されているピーナッツ生誕60周年記念イベント
『SNOOPY HAPPY PARTY展』に行ってきました。
スヌーピーは私の大好きな『世界で最も有名なビーグル犬』で,下の娘から招待券をもらったのです。
シュルツさんの描かれたキャラクター達に癒されてきました。
まるで・・・子どもみたいですが・・・

snoopy2.jpg



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多くの人に救われる!

父の入院騒ぎで,この2週間,また医療関係の方々に,大変お世話になってしまいました。

父の異変に気づいて,すぐに連絡をくださった訪問看護士さん。
休診日にもかかわらず,すぐに電話対応してくださったかかりつけの先生。
入院を嫌がる父を,1時間も一緒に説得してくださった看護士さん。
言いにくい事でもスパッと簡潔に伝えてくださった入院先の女医先生。
あわてている私に『診察時間や面会時間が過ぎても大丈夫』と入院手続きをしてくださった事務員さん。
MRSAで緊急に病室移動等の対応をしてくださった看護士さん。


また,介護福祉の関係の方も,心配して連絡をくださいました。

父のケアマネージャーさんは,早急に区分変更の手続きや年内に住宅改修ができる調整を・・・
母のケアマネージャーさんは,一人でいる母のサービス変更手続きを・・・

包括支援センター,居宅介護支援事業所,市の介護保険課,介護ステーション,リフォーム業者・・・・
私の携帯は,『プロの仕事人!』からの連絡で,鳴り続けていました。


2010年・・・残りあと10日。
今年ほど,こんなに『病院のお世話』になり,多くの人に救われた年があったでしょうか!

私の入院・手術,その後の治療・・・
娘の病気・・・
父の入院・・・

大変な医療・介護の現場で働いている方には,本当に頭が下がります。
それぞれの立場で,プロ意識をもって働く姿を目の当たりにすると,

『私も・・・1月から・・・社会復帰だ・・』
と気持ちが引き締まります。

私の,眠っていた『教師としての細胞』も,ざわざわ・・・騒ぎはじめました。


しかし・・・私の『辞令』はちゃんと下りるのでしょうか?!
実は,12月の初旬になって,復職手続きの差し戻しや不足書類の再提出・・・等でドタバタ状態でした。
主治医の先生にも,診断書や検査結果の送付で,ご迷惑をおかけしてしまいました。


辞令が下りないと,ボランティアで働くことになるのかも・・・
鈍った頭や身体は,見習い研修からやり直しかもしれません。

『喝!』

鈍っている私の細胞に『喝!』を入れていただいた話です。


12月に入ると,年賀状欠礼の葉書が届きます。

以前お世話になった先輩のA先生から,ご主人が亡くなった,という葉書が数日前に届き,驚いていました。ご主人と二人暮しをされていたA先生のことを考えると,いても立ってもいられなくなり,思い切って電話をし, 弔問させていただきました。

20年程前・・・
子育ても仕事も中途半端で,仕事をやめようかと悩んでいました。
3才と1才の娘を保育園に朝7時過ぎには預け,出勤・・・5時半にはお迎え・・・
熱を出しては職場に電話がかかり,仕事の途中で抜けなければならないことがしょっちゅうでした。

A先生は,学年主任の先生で,いつも私の残した仕事をカバーしてくださっていました。
私の子育ての愚痴や上手くいかない仕事への不満も,笑って聞いてくださる包容力に溢れる先生でした。

ある時・・・
A先生が,風邪をひいてひどく辛そうにしています。
「風邪薬を持っていますよ・・・飲みますか?」
と,私が言うと・・・
「40を過ぎて・・・笑うかもしれないけど・・・いつ子どもが出来てもいいように,今でも薬は飲まないことにしているの。」と・・・

当時はご主人とお義母さんの三人暮らしで,子どもさんがおられないのは知っていましたが,
A先生の,そんな思いまでは,考えてみたこともありませんでした。
不妊治療を続けられていたことは,後から知りました。

私たち後輩に,厳しいことは一言もおっしゃらない穏やかな先生ですが,
鈍っている私に鋭い『喝!』を入れられたような・・・
自分がもの凄く情けなく,恥ずかしかったことを・・・今でも鮮明に覚えています。

A先生のご主人は2年前に『癌』が見つかり,その時点であちこちの臓器に転移していました。
3ヶ月持てば・・・と言われていましたが,その8倍の2年も治療をがんばられたことを聞きました。
治療だけでなく,田畑の仕事まで・・・今年の秋,稲刈りもなんと,ご自分でされたそうです。

優しそうな遺影の周りには,たくさんの絵が額に入れて飾られていました。
病室から見える夕日を描いた風景画や花瓶の花などの静物画・・・明るい色でいっぱいです。
A先生がスケッチブックを取り出し,
「これが最後の作品なのよ。」と・・・
置時計とA先生が差し入れた果物が描かれていました。
亡くなる前日まで,筆を持って『早く元気になって退院するよ!』と描かれていたそうです。

今年の11月。最後の入院では,主治医の先生から
「もう抗癌剤の治療は出来ないので,緩和治療になります・・」
と言われ,ご兄弟も頻繁に病室に来られていたそうです。
A先生の前では,気丈に『絶対元気になって退院する!』と言われていたそうですが,
ご兄弟には,『自分にもしものことがあったら,妻一人になるので,頼む。』ということを何度も話しておられたそうです。
命の最後の瞬間まで前向きに生きようとする生命力,ご主人の愛情の深さ・・・に言葉が出ませんでした。

神様は・・・なんと残酷なことをするのでしょう。
天国に逝かれたご主人に,『いつまでもそばで見守ってあげてください』とお参りしたのでした。

A先生のお話を聞くと,いつも背筋がぴん!と伸びるような気がします。
病気になった私の事を心配して,
「体に気をつけて・・・絶対無理をしちゃあだめよ。」と・・・
逆に励まされて,畑の野菜をどっさり頂いてしまいました。

20年立っても,まだ鈍っている私に,『喝!』です。

ぐだぐだ悩んでいても始まりません。
私には・・・子としても,親としても,教師としても,『今,やれる事』が沢山あるのです。





偶然ではなく必然?

今回は,細胞を元気にしない話。
私のタイムリーな悩みです。

80才を過ぎた私の両親は,二人でようやく一人前の生活を送っています。

父は,肺の持病があり,酸素が欠かせません。また,最近歩行が難しくなってきました。
母は,物忘れがひどくなり不安定です。超心配性で,すぐにパニックを起こしてしまいます。
自宅で介護保険のお世話になりながら,生活をしています。
『私の病気』のことは,結局内緒にして,体調のいい時に介護に行き,何とか切り抜けてきました。

築40年の実家は,バリアフリーからはほど遠い状態で,危険がいっぱいです。
10月に父がインフルエンザの予防注射で発熱し,動けなくなりました。
奥の和室にベッドを置いているので,トイレまでの移動も儘なりません。

『これは,何とかしなくては・・・』
と,父のダウンをきっかけに,かかりつけの先生やケアマネージャーさんと相談を始めました。

「思い切って,リビングをお父さんのベッドルーム件生活空間にしては?・・・」
「ベッド,食卓,トイレが近いのが一番よ。」
とアドバイスを頂き,プチリフォームに取り掛かることにしました。

ベッド周辺が広くなれば,訪問リハビリも開始できます。
出来るだけ快適に自宅で過ごせればいいと思い,1階の模様替えプランを立てました。

ここは,私の出番・・・とばかり,まず片付け開始です。
母は物を捨てられない性格で,『70年代からのお宝!?』がそのままになっています。
『断捨離実行隊』さながら,行く度に45リットルのゴミ袋を5袋~10袋持って帰っていました。

床の段差解消や引き戸への交換などの見積りに来てもらい,どんどん具体的になっていきます。
部屋も少しずつ片付いてきたので,私が職場復帰するまでに何とかなりそうだと満足していました。

しかし・・・二人の反撃が始まりました。
母は・・・「自分の家じゃないみたい!」
父は・・・「リビングにベッドなんて考えられない! ここから動かない!」
もう先は長くないのに,お金をかけたって仕方ないと・・・リフォームに難色を示します。


このままじゃ,動けなくなったらどうするの!
ケアマネージャーさんとも相談してやってるの!・・・と爆発してしまいました。
親子で,お互い遠慮がないだけに最悪です。


『両親のため』と元気にはり切っていた私の細胞は,噴火によるダメージを受けてしまいました。


考えてみれば・・・
ゆったりとした時間の流れの中にいる両親の生活の中に,パワー全開・スピード狂の私が,最近頻繁に入り込んで,あちこち悪さをするのですから,たまったもんじゃなかったのでしょう。
異分子の勝手な行動に反撃するのは,当然のことなのかもしれません。

『時間をかけてゆっくり』
『待ってあげること』
これが私に最大に欠けているところです。

11月。
一ヶ月かけて,説得にあたり,
ようやく『プチリフォーム』は承諾してくれそうな所までたどり着きました。

ところが・・・
肺炎を起こして,父が突然入院です。
また,我が家の非常事態になってしまいました。

幸い,私が仕事を休んでいるので,母の手を煩わせることなく,
病院の手続きから入院準備まで出来ました。

何だか,今年病気で休職したのは,『偶然ではなく必然?』なのかもしれないと思ってしまいます。

素敵なお届けもの

7月・・・M先生の相談室でのことです。

『タキソテール』による抗癌治療の1クール目。
投与から1週間立っていましたが,想像していたよりきつい副作用で落ち込んでいました。
前日までは体がだるく,全身が関節痛か筋肉痛のような状態でしたが,朝起きると体が少し軽くなっていました。

思い切って身支度をし,M先生の相談室の『ラスト30分』という時間に飛び込みました。

その時に,『趣味の話』になり,M先生から
庭先で葡萄を育てていること
世話が大変なので,ご主人に『いい加減でやめろ』と言われていること
『やめろ』と言われようが好きなので,毎年続けていること
葡萄の木の手入れで,一日外で世話をしている日もあること・・・ をお聞きしました。

私が,
「実がなって,収穫するのが楽しみですね!」
と言うと,
「上手くできたら・・・9月の相談日に持ってきてあげるね。」
と話されていたのです。

9月の相談日・・・
私は・・・そんな約束は,すっかり忘れていました。

7月・8月と猛暑のせいもあったのですが,副作用がどんどん体に溜まっているようで,
すっきりしない体にいらいらしてばかりいました。
『ドセタキセルによる治療を受けられる方へ』という冊子に出ているさまざまな副作用が,
次から次へと・・・ちゃんと自分の体にやってくるのです。
AC療法の時は吐き気はあるものの,1週間ほど立つと『生き返ったぁ・・』という回復感があったのですが,
『タキソテール』の投与期間中は・・・慢性の蓄積疲労状態でした。

相談日の前日が『タキソテール』の4回目の投与でした。一応『抗癌剤治療のゴール』は迎えたものの,
『これからやってくる副作用』を前にして,外に出る気力を失っていました。

夕方,家のインターフォンがなりました。
教頭先生です!
『M先生からのお届けもの』を持ってきてくださったのです。
みずみずしい見事な葡萄が2房・・・大きな葡萄の葉っぱに包まれていました。
お手紙も添えてあります。

matumoto4_convert_20101208102146.jpg


こんな私のことを気にかけてくださっていたことに,胸が熱くなりました。


反乱を起こし,増殖・拡散を始めた『わるい細胞』を切り取ってくださったのが,外科医のK先生なら,
ダメージを受けている『よい細胞』を励まし,元気付けてくださったのが,メンタルアドバイザーのM先生です。

究極のナルシスト!

《 M先生の相談室で 》

5月・・・AC抗癌剤治療の2クール目の頃のことです。
初めて,メンタルアドバイザーM先生の相談室を訪れました。

その時の私は,『自己嫌悪』の塊でした。

病気になった自分・・・キライ!
髪の毛がなくなった自分・・・見たくない!
仕事をしていない自分・・・罪悪感!
いじいじしている自分・・・最悪!  ・・・と思っていました。

そんな私の話を聞いて,M先生は,

「毎日,1日の終わりに,声に出して,自分を10回ほめなさい!」と・・・

「簡単なのよ。」と M先生。
ご飯をきちんと三回食べたら・・・「今日は,三食ちゃんと食べて,えらい!」
だらだらと一日を過ごしたら・・・「体をいたわって休息をとって,えらい!」
人としゃべりたくなかったら・・・「愚痴や悪口を言わなくて,えらい!」

正直そんなことで自分をほめられないし,それも声に出して言うなんて出来るわけないと思っていました。

でも,最近思い出して,ちょっとだけ実行しています。
自分の言動はなかなかほめられないので,いい事を考えました。
『がんばっている体』にエールを送るのです。
お風呂の中で,ぶつぶつ話しかけています。

少しずつ伸びてきた髪に・・・「忘れずにちゃんと生えてきたね。えらい。」
今にも剥がれそうな爪に・・・「よくがまんしてくっついてるね。えらい。」
浮腫みが取れてきた足に・・・「毒薬に負けないでがんばったね。えらい。」と・・・

究極のナルシスト状態です。
何だか懐かしいなあ・・・と思っていたら,
娘がおなかの中にいたときに, 膨らんでいくおなかに語りかけていたことを思い出しました。


うれしいコメント

2010年12月5日

放射線治療に通っていた10月・・・
立ち上げた『ブログ』に,今までの事を思いのままに書き込んでいました。
『25回の間にやりきろう・・・』と夢中になってパソコンに向かって打ち込んでいた気がします。

全く読み返していなかったのですが・・・・
たくさんの方が訪問してくださっているので,自分の書いた記事をもう一度読み直してみました。

下書きのまま提出してしまったような・・・ひどい状態です。
自分の書いた文章に『悪酔い』してしまいました。ひどい頭痛がします。
安いお酒をちゃんぽんで次々飲んだ翌朝のような・・・

そういえば・・・
私は,『国語の時間』に担任していた子ども達に

「誤字・脱字だらけ・・・辞書をひきなさい。」
「文が長すぎて・・・分かりにくいよ。短く切りなさい。」
「起承転結がないよ。だらだら書いてもだめ,構成を考えなさい。」
「伝えたいことの中心は何? 初めと終わりで言いたいことが変わってしまってるよ。」

と指導して,赤ペンをいっぱい入れて再提出を求めていました。

そのままの言葉を『自分』に返さなければ・・・
『ひどい先生だなぁ・・』と恥ずかしくなりました。


自分の気持ちを整理するだけなら,日記で十分です。ネットで公開する必要はありません。
『これから何を書いたらいいんだろう・・・』と考えていました。

すると・・
ブログを訪問してくださった方から,うれしいコメントをいただきました。
『放射線治療の待合室でのおばあちゃんの記事を読んで,少し元気になりました。』と書かれていました。
私の記事で,一人でも『元気』になれるなら,公開する意義はあるような気がします。


この1年・・・
『乳癌』という非常事態が訪れてしまったのですが,
へこんでいた自分を元気にしてくれた人や,力となった言葉との出会いがありました。

しばらく,私の『細胞を元気にしてくれた話』を書いてみようと思います。

K先生のブログ

12月になって,訪問者数・アクセス数が増え続けています。

『これは,もしや・・・』と思い,K先生のブログにお邪魔しました。


私のブログの紹介!・・・とリンクまで貼ってあります。


火曜日の外来のときに,K先生から私のブログのことを切り出され,
「紹介してもいいですか・・・?」
と言われていました。

「紹介していただくほどのものでは・・・」
と言葉を濁していました。はっきり『NO!』とは言わなかったのですが,あっという間に『まさかの事態』になっていました。


一患者の立場からの,『先生方の行動観察?』(ごめんなさい)が難しくなってしまいました。
特定されてしまいますものねぇ。
もしかして? 早めに予防線を張られたのかもしれません。

というのは冗談ですが・・・とても誠実に診療にあたられています。


まだ『治療』は続いてはいますが・・・命を助けていただいたことに,本当に感謝しています。

心のよりどころ

2010年12月1日

メンタルアドバイザーのM先生に,久しぶりにお会いしてきました。

小学校では1ヶ月に1回メンタルアドバイザーの先生が来校され,保護者・児童・教職員が相談できるシステムがあります。9月からは,相談日に副作用がひどかったり,保護者の予約でいっぱいだったりでなかなかお会いできませんでした。朝,職場へ電話を入れると,保護者の方がキャンセルされたとの事・・・久しぶりに相談室に向かいました。

心に引っかかっていることがあるとき・・・誰かに話したいと思います。
特に,4月からずっと家にいるので,心の中のもやもやがどろどろになり,どんどん溜まってきていました。
身近な家族に話すと,愚痴になってしまったり・・・とげとげしい言い方になってしまったりします。
友達・・・だと,変なプライドが邪魔してしまい,『ハイテンションな自分』だったり,逆に『卑屈な自分』だったりして・・・上手く伝えられません。話した後にひどく疲れて,後悔が残ってしまっていました。

M先生の相談室は,自然体の自分でいられます。

7月に長女のことを相談していたので,
「その後娘さんは・・・?」
とさりげなく,話しやすい方向に持っていってくださいます。
(長女の事は・・・書ききれないほどの娘への思いがあるので,今は書けないのですが・・・)
病気のこと,両親のこと,仕事のこと・・・取り留めのない話なのですが,話すと楽になります。


M先生は,凄い経歴の持ち主で,『自叙伝』を出されたらいいと思うくらいです。
退職前は養護教諭をされていたのですが,自衛隊?のナースからスタートして,重症患者さんの病棟のナースの経験もあるそうです。今も心理学の勉強をされています。尊敬すべき先輩です。

重症患者さんのナースをされているとき,とても不思議に思うことがあったそうです。
同じ症状で入院されていても,人によって回復に凄い差が出ること・・・
もう末期かと思われる患者さんでも,見る見る元気になって回復されていくことがあること・・・
その人のもっている『生命力』に違いがあるのでしょうか?

私に「細胞を元気にする生き方をしなさいね。」・・・・と
明るく・楽天的で・前向きな生き方は細胞を元気にするそうです。
私の顔を見て『前よりシャープになって,いい顔になってるよ』とほめてくださいました。
前回お会いしたときは,ステロイドとタキソテールのむくみで,膨らんでいたので,それが引いてきただけなのですが・・・・嬉しいです。

Appendix

プロフィール

みゅーじっくT

Author:みゅーじっくT
小学校の音楽教師です。

ちょっとメタボのターリンと二人の娘,愛犬?の4人と1匹の家族です。

2010年2月に『浸潤性乳管癌』と診断され,左乳房温存手術と腋窩リンパ節郭清を行いました。

日々の思いを綴っています。

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